信託という言葉を聞くと、「難しい」とか「面倒臭そう」、「それって投資のこと?」と思う人も少なくないはずです。
また、信託といえば「信託銀行」をイメージする人も多いと思います。
しかし今回紹介する「家族信託」とは、この信託銀行の内容を家族間で行うシンプルなものです。それでいて、老後の不安や相続の不安を解消できる可能性があるのですから、この家族信託という制度は知っておいて損はないと思います。
そもそも信託って何?
まず家族信託の話をする前に、信託については簡単に解説しておきたいと思います。
一般的な信託といえば、「信託銀行」に財産を委託し、年金信託や投資信託などを運用してもらうことです。まず信託を知るうえで、必ず覚えておいて欲しい言葉が3つあります。それが「委託者」「受託者」「受益者」です。この3つを信託銀行で説明すると、以下のようになります。
- 委託者=Aさん(個人)
- 受託者=信託銀行
- 受益者=Aさん(個人)
つまりAさん(委託者)が持つ財産を、信託銀行(受託者)に預け、信託銀行はAさんの意思に沿って資産を運用します。そして得た利益をAさん(受益者)に還元するという構図です。もちろん受益者を息子や孫にすることもできます。
例えばAさんが高齢になったことで、自分で資産を運用するのが難しいと判断した場合などに、信託銀行に依頼していたのです。ただし、信託銀行などで個人の自宅などは、信託の対象とはしていません。そこで登場するのが家族信託です。家族信託であれば、個人の自宅なども信託の対象にできます。
家族信託とは?
家族信託は色々な使い道がありますが、今回は不動産に関する事例で紹介していきます。
例えば、Aさんが高齢になったことで老人施設へ入所することを決めました。すでに奥様は他界されており、子供たちも家を出ているので、自宅は空き家となってしまいます。すぐに売却してしまえばいいのかもしれませんが、やはりそこには家族の思い出もたくさん詰まっており、なかなか売却する決心がつきません。
そこで、施設への利用料を払うこともできるので、自分が死ぬまで賃貸で貸すことを考えました。しかし高齢であり、施設にも入っているため自分で管理するのは無理です。
この時に利用するのが「家族信託」です。このケースで言えば以下のようになります。
- 委託者=Aさん
- 受託者=Aさんの息子
- 受益者=Aさん
不動産の管理は、息子さんがAさんに代わって行います。そして家賃などで得た利益を、Aさんに還元するという方法です。
このようにしておけば、万が一Aさんが痴呆になってしまったときでも、受託者である息子さんが管理運営しているので問題ありません。もちろん、Aさんが生存している限り、他の兄弟が売却しようと言ってきても、受託している息子さんに絶対的な権限がありますので、家族間で揉めることも少なくなるはずです。
さらにこの息子さん(受託者)に監督者(弁護士や司法書士など)を専任することもできるので、受託されている息子さんが勝手に売却したりできません。
この家族信託をしておけば、自分が生きている間は家賃収入を得て、自分が死んでしまった後は、受託していた息子さんにどうするかを委ねることができるので、「自分の老後費用くらいは自分で稼ぎたい」という方には最適な方法だと思います。
別に家族信託にしなくても良いんじゃないの?
自宅を賃貸として貸し出すくらいだったら、家族信託しなくてもよいと思う方もいます。しかし、そうなると自宅の所有者はあくまでも父親(Aさん)なのですから、万が一Aさんが認知症になってしまい、後見人制度などを利用すると、手続が複雑になります。
この家族信託というのは、あくまでも「財産を信頼する家族に託す」という文字通りの制度なのです。もし認知症になったら、「長男は売りたい」「次男は貸したい」、「長女は取り壊して自分たち家族の家を建てたい」というように、意見が食い違う可能性もあります。
このように相続や分割で揉めないためにも、元気で意識がハッキリしているうちに、自分の自宅や財産をどうするか決めておくことができます。もちろん遺言書でも同じことができますが、遺言書はあくまでも亡くなってからの話です。委託者(Aさん)が元気なうちは遺言書の効力は発揮しません。
家族信託の利用例その1
家族信託は、何も老人ホームに入所するAさん(委託者)だけに有意義な制度ではありません。例えばお子さんに障害があるケースなどでも利用価値は高いです。お子さんに障害がある場合、親御さんの心配は、自分たちが他界してしまった後のことです。
そうしたとき、自分たちが住んでいる自宅を賃貸に貸し出すことで、家賃収入を得ることができます。その家賃収入を障害のあるお子さんに残してあげることができるのです。この場合の委託者は当然(親)、受託者は信頼できる親戚などにお願いすることになり、利益を受け取る受益者をお子さんにしておきます。
さらに、この障害をお持ちのお子さんがもし他界してしまった場合、自宅などの財産は面倒をみてくれた受託者や、そのお子さんへ相続させることもできます。つまりこの家族信託の優れている点は、遺言書ではできない2次相続も決めておくことができるという点です。
家族信託そのものに節税効果はありません
この家族信託のことを節税対策だと勘違いされる方も多いようですが、家族信託そのものには節税対策としての効果はありません。
自宅など不動産名義は、受託者である息子さんに変更しなければなりませんが、これはあくまでも管理運用するための信託に必要な手続なので「贈与」ではありません。
家族信託のメリット
家族信託という制度はその方の状況によって様々なメリットがあります。
ここでは一般的に言われているメリットを箇条書きでご紹介します。
成年後見制度や遺言書よりも手軽に活用できる
成年後見制度だと本人がしっかりしているうちは、財産管理を後見人にお願いすることはできませんし、毎年家庭裁判所への報告義務など面倒なことも多々あります。また遺言書のように作成ルールがあるのですが、家族信託はそういった面倒なルールは皆無です。
生前にして親の財産管理ができる
名義を受託者に変更しても贈与税などは発生しませんし、元気なうちであっても家族信託は利用できます
事業継承も決めることができる
わかりやすく言えば、会社経営をしている場合、「長男に経営権を譲るが、その長男に何かあった場合、次は次男に継承させる」という順位付けが出来ます。
孫への教育資金なら1,500万円までの一括贈与ができる
孫への教育資金なら1,500万円まで非課税となります。
相続争いを防止できる
ほぼ遺言書と同等の効力がありますので、相続などで無駄な争いを軽減することができます。
二次相続ができる
障害を持つ子供の面倒をみてくれた親戚の受託者に、「子供の死後は財産を相続させる」という決め方もできます。
倒産隔離機能がある
自宅やアパートを所有している場合、それらの名義は受託者に変更しなければなりません。しかし、その受託者が借金を背負ってしまい自己破産をすることになったとしても、この信託による財産は差し押さえの対象とはならないという決まりがあるのです。
家族信託の相談先
家族信託はあまり馴染みのない制度なので、「どこに相談すればいいのか」「費用はどれくらいかかるのか」という心配もあると思います。
家族信託は専門家に依頼しなくても、自分たちだけでも決めることができます。その場合は、やはり公正役場などでしっかりと書面を残しておくのが良いでしょう。
家族信託について相談したい場合は、弁護士、司法書士、税理士などが挙げられますが、比較的新しい制度の為、弁護士や税理士でも詳しくない人がまだまだ大勢いるというのが現状です。専門家を見つける際は、「家族信託 福岡」のように、住んでいる地域で検索すると見つかりやすいです。
家族信託の費用
基本的に家族信託では、当事者同士が同意した内容で契約を交わしていれば成立しますので、一切お金をかけずに家族信託を実行することもできます。
しかし、専門家への相談や、公正証書を作成するとなれば、それなりに費用が掛かります。
信託財産の評価額 | 手数料 |
---|---|
1億円以下の部分 | 1.0%(3,000万円以下の場合は30万円) |
1億円超3億円以下の部分 | 0.50% |
3億円超5億円以下の部分 | 0.30% |
5億円超10億円以下の部分 | 0.20% |
10億円超の部分 | 0.10% |
さらに、不動産の名義変更も必要となるので、登録免許税も掛かります。
※固定資産税評価額の1000分の4
専門家に相談した場合、30分程度で5,000円くらいの費用は最低みておいた方が良いでしょう。
上手に家族信託を使いましょう
最適な財産の管理や継承ができるよう、家族信託を視野に入れ、1つの選択肢として検討をするということもできます。
信託の性格上、それ自体が常に万能ではないという1面を持つ一方で、新たな財産形成の担うオプションであることもまた事実です。『家族信託を財産の1部として考える』そんな時代は遠くないのかもしれません。